リノベーションのなかでも、仕上がりに差がでやすいのが「塗装」です。腕のいい職人さんが塗った壁は、つなぎ目やムラがなく、見た目がなめらか。お部屋に洗練された空気を生み出します。
クラフトの現場を支える職人さんをご紹介するシリーズ。今回は、岩本塗装の木村剛司さんにお話をうかがいました。
つなぎ目や塗りムラがないように塗る。そのためには、技術
「今からロール、転がしますよ」
と言って、カメラを構えるまで待ってくれる木村さん。撮影しやすいよう、ちょうどよいところで手を止めてくれたりと、サービス精神が抜群です。職人さんには寡黙なタイプと、ものすごくフランクなタイプに分かれるような気がするけれど、木村さんは間違いなく後者。2回目の塗料を塗りながら、さくさくと質問に答えてくれました。
「まずはキワを塗って縁取る。それからロールを転がして塗っていく。縦塗りが基本だけど、面積が小さくて横にしか塗れないときは、塗り跡が残らないようにします」
その間も木村さんはスピーディーにロールを動かし、壁の塗装を仕上げていきます。
「大切なのは、つなぎ目や塗りムラがないように塗ること。乾きが早い塗料のときは、とにかくスピードが大事。早くやりすぎると雑になるので、そのためには技術がいるんです。乾きの早さを計算して刷毛に塗料を浸したりね」
手ざわりを感じながら、やさしく
壁の塗装が終わったと思ったら、早歩きで別のスペースに移動。あわてて追いかけてみると、今度はロールをペーパーヤスリに持ち替えて、木材と向き合っている木村さんの姿が見えました。ときどき手で肌ざわりを確かめながら熱心に、そして繊細な手つきでヤスリをかける木村さん。まるでご自身の大切な家具を磨いているようです。
あまりにも真剣なので、声をかけるのを一瞬ためらうほど。
「これは天板になる予定です。クラフトのデザイナーと決めた見本に合わせて、木目が残るように布で塗料を塗りました。こちらも2度塗りが基本。でもささくれたり、ホコリを拾ったりするので、2度塗りの前にペーパーヤスリで磨いていく。ざらざらしたところをで手ざわりで確かめながらこするんですが、強くやりすぎると角が取れちゃう。とにかくやさしく磨いていきます」
仕上がりを見れば、「バタバタやったな」というのがわかる
「塗装の仕上がりは、何がいちばんの決め手になると思いますか」と質問すると、一瞬の迷いもなく「愛情かな」と答えてくれました。
「キレイにしてあげようと思いながら塗ると、塗られる壁や木がよろこぶんですよね。もちろんそればっかりだと仕事が進まないから、限られた時間の中で、丁寧に仕上げることを心がけています。だから仕上がった塗装を見れば、人の仕事でも自分の仕事でも『愛情なくバタバタやったな』というのがわかりますよ」
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木村さんが塗装屋さんになったのは30年ほど前。お父さまも塗装屋さんで、その姿を見ていたことと、「早く稼ぎたい」という思いがあったそうです。
「見習いになったのは17か18の頃です。職人の世界は今なんかよりずっと厳しくて、何も教えてもらえない。『見て覚えろ』という世界でした。辛かったのは、できて当たり前で、できないと怒られること。まだ入ったばかりだからとか、見習いとかは言い訳にならないんですよね。殴られることもありましたよ」
「それでも続けてこられたのは、仕上げていく仕事が好きだから。これしかないですね」
20代前半で岩本塗装に入社してからは、師匠はずっと社長。技術はもちろん、仕事に対する姿勢などすべて社長に教わったそうです。「塗るもの」に対する木村さんの優しいまなざしは、そこから受け継がれているのかもしれません。
そんな長い経歴の木村さんとクラフトは、18年ものお付き合いになります。「クラフトさんの現場は、ほかと比べてこだわりが強い。ドアのアンティーク塗装をやったりとか、大変だけどいろんなことにチャレンジできておもしろいですね」
インタビュー後記
「愛情」という言葉を、さらりと口にした木村さん。そんな気持ちで住まいづくりに携わっている木村さんは、本当にあたたかい方なのだと思いました。
そして「愛情」は、私たちを取り巻くすべてのことに共通すること。ささくれた気持ちでつくった食事はおいしくないし、雑なアイロンはシワだらけ。適当に磨いた窓は、拭き残しばかり目立ちます。
ひとつひとつのモノゴトに愛情を注ぐことが、丁寧な暮らしや豊かな人生につながる。木村さんの笑顔を見ているとそんな気がしてきました。
*職人さんシリーズバックナンバー*
〈クラフトを支えるタイル屋さん「繊細に、ときに大胆に」〉
〈クラフトを支える大工さん「段取り8割のスピリット」〉
〈クラフトを支える畳屋さん「手縫いにこだわって」〉
〈クラフトを支える軽天屋さん「完成をイメージして」〉
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〈クラフトを支えるクロス屋さん「納まりを美しく」〉
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