「あまり職人さんっぽくない方だな」というのが、正直な第一印象。
こちらが質問する前に、先回りしてどんどん説明してくれます。話がいろいろなところに行ってとりとめもないかと思うと、最初の話とつながって、ストンと腑に落ちる。
とにかく、左官の知識が広くて深くすぎるのです。今回は、そんな左官職人の山口さんに話をうかがいました。
「今回はコテ屋さんに、特別にコテをつくってもらったんです」
クラフトのリノベーションでもおなじみの珪藻土。この日は”R(曲線)の開口部に珪藻土を塗る”と言う難易度の高そうな現場。「むずかしいですよね?」と聞いてみると
「うーん。そうでもないですよ。普通の壁と一緒です。ただ今回はコテ屋さんに、特別にコテをつくってもらったんです」
そのコテを見せてもらうと、たしかにゆるやかにカーブしています。Rに沿ってなめらかに滑りそう。
「型はあるけど『最近売れないから』って製造してなかったみたいで…昔はわりとあったんですけどね」
そう言い終わらないうちに、山口さん4つのバケツをまわりに集めて珪藻土を調合していきます。
「ここでしっかり混ぜないと、スサが出てきちゃうんですよ」
珪藻土に少しずつ水を加えて、混ぜていく。さらに水を加えて混ぜて、また水を加えて混ぜて、また混ぜて。かなり念が入っています。『いつまで続くんだろう…』という私の心が読めたのか、山口さんが話しかけてくれました。
「しつこいでしょう(笑)。ここでしっかり混ぜないと、壁に塗ったときにスサ(麻や藁の繊維)がポツポツって出てきちゃうんですよ。昔はそれで失敗したこともあるんです」
ミキサーを通して感じるかすかな手応えと見た目で、珪藻土の硬さを調整していくそうです。
「二度塗りだと下地の凹凸が出ないし、厚くきれいに塗れるから」
混ぜたら5分ほど練り置きし、再び混ぜて、ようやく珪藻土が完成。「よし」と言って上着を脱ぎ、壁に向かった山口さん。これから珪藻土を塗る壁は、下地も養生もしっかりなされ、『あとは塗られることを待つのみ』といった様子。
デザイナーからの要望は、”青山モデルルームくらいフラットな感じで、ちょっとコテ波を残してほしい”というもの。
「今回は珪藻土を2回塗ります。まずはうすく下塗りして、水気が引くのを待つんです。そうしたほうが下地の凹凸が出ないし、厚くきれいに塗れるから」
そう言いながら、すごいスピードで珪藻土を塗る。あっという間にどんどん珪藻土が塗られていきます。コテを猛スピードで動かすので『写真を撮りたいからちょっと手をとめてもらえますか』とお願いしたほど。
そしてしばらく時間を置いたら、2度目の塗りがスタート。「こんな感じですかね」という山口さんの手元を見ると、うっすらとコテ波がついてました。イメージしたような仕上がりになるように、頭で考えずに、心で感じながら塗っていくそうです。
迷うことなくささっと動かし、かすかなコテ跡を残していく。山口さんの32年の歴史だからなせる技なのではないでしょうか。
「今はダメでもいつかは…って思ったりしますね」
そんなふうに手を動かしている間にも、いろんな情報を惜しみなく提供してくれます。
「珪藻土って、昔はそんなに種類はなかったけど、今は60種類以上もあるんですよ。純度の高い珪藻土の原料は舌にのせるとくっついてはがれないんですよね。とにかくたくさん種類があるけど、いいものと悪いものがあるからDIYする人は気をつけなきゃ」
その話から、どんどん新しい左官材へ話は展開。どうやら全国の素材屋さんから、山口さんのところに情報が集まってくるのだとか。
それを聞き流すのではなく、よい材料があれば試してデザイナーに提案する。山口さんが自宅を建てたときには、気になる材料を使って、その効果を試してみたそうです。「床に断熱材を入れて、天井に遠赤外線効果がある左官材を塗ってね。ほんとに部屋があったかくなることがわかったんですよ」
新しい素材をどんどん発信していくために、これからガレージをサンプル製作の工房にする計画もあるそうです。
「提案して採用されることもあるし、何度提案しても『違う』って言われることもあります。くやしいですよ。今はダメでもいつかは…って思ったりしますね」
「むずかしそうなことを頼まれると『やってやろう』って燃えてくるんです」
山口さんが左官職人になったのは18歳の頃。お父さまも左官職人だったから、この世界に入ったのはとても自然なこと。しかし厳しいお父さまとはたびたび衝突し、何度も家を飛び出したとか。
「『左官職人としてやっていこう』って本気で思ったのは、独立した25歳のころかな。父は茶室の土壁や学校の池をつくったりって、いろんなことにチャレンジする人だったんです。この歳になって父の気持ちがわかるような気がするんですよね。
なんていうか、やったことないことにもチャレンジしたい。むずかしそうなことを頼まれると『やってやろう』って燃えてくるんです(笑)」
「お客さまの思い出の一部として、左官が残るってうれしいですよね」
以前は、マンションのタイルの下地のような”目に見えない”部分の左官が多かったという山口さん。クラフトの仕事をするようになってからは、意匠性の高い”目に見える”左官が、5割を占めているそうです。
「楽しいですね。仕上げ方にこだわることができるし、完成したときに自分の仕事が見える。現場にたまたまお客さまが見に来ていたら、『一緒にやりませんか?』って誘ったり。お子さんの手形や、模様を残してもらうんです。お客さまの思い出の一部として左官が残るなんて、こんなうれしいことはないですよね」
まとめ
「左官って、形がないものを形がない材料でつくる仕事なんです」
デザイナーの要望にあわせて、あらゆる材料を組み合わせ、求められた形を作り上げていくのが左官屋さんの仕事。お客さまやデザイナーがイメージする細かなニュアンスを汲み取り、材料を組み合わせ、コテを動かしていく。イメージによって、コテの動かし方も力加減も違います。
山口さんは取材の間ずっと、リズミカルな口調で語り、リズミカルにコテを動かしていました。『左官は面白い』と言わんばかりの様子で。
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