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クラフトを支えるクロス屋さん「納まりを美しく」

クロス職人として30年のキャリアを持つ千野さん。その手つきはとても鮮やかです。

貼る、空気を抜く、カットする、ローラーでなじませ、スポンジで糊を落としていく。すべての工程がリズムにのって流れるように進んでいきます。こう言うと失礼になるかもしれませんが、あまりにも手つきがよすぎて、かえって簡単に見えてしまうほど。

しかし「クロスがヨレていたので、やり直してもらった」なんて話はいくらでも聞きます。プロでもヨレや割れが出てしまうくらい難しいのがクロス貼りです。家の中で最もとくに面積が広く、人の目につきやすいため、一切のごまかしはききません。

”切り合わせ”という貼り方で、シームレスに

ロール状に巻かれたクロスを機械にセットし、カットする長さを入力すると、クロスの両端が切り落とされた状態で出てきます。そのまま袋に入れて15分。クロスは糊で1cmほど伸びるため、落ち着つくまでのオープンタイムが必要なのだとか。オープンタイムは、クロスの素材によって異なります。

クロス屋さんが使う機械はたったこれだけで、あとは全て手作業で行われます。

クロスの貼り方には”突きつけ貼り”と”重ね切り貼り”の2つ方法がありますが、この日千野さんが行っていたのは”重ね切り貼り”。クロスのつなぎ目が目立だちません。

2枚のクロスの柄が合うように重ね、その重なりをカッターで切り落とします。下地が切れると割れの原因になるため、力を込めすぎないようにそっと。しかし、ためらうことなく。切り終わったらテープを剥がし、ローラーでつなぎ目を馴染ませていく。おどろくほどシームレスな仕上がりです。

厚みのあるクロスはまだいいものの、柄合わせが難しいアクセントクロスや下地が出やすい薄いクロスとなると、もっと神経を使うそうです。

薄い地ヘラでシャープな納まりに

千野さんのもう1つのこだわりが、地ベラ。クロスをカットする際に、地ベラを定規のように当ててカッターをガイドします。このとき使っていたのは0.7mmの鋭利な地ベラ。ヘラが厚いと折り返し部分がもったりと野暮ったく、薄いヘラだとシャープにキレイに納まります。ただし薄いヘラほど下地が見えやすく、力加減が難しくなるそうです。

ピンとしたクロスには一切のゆるみがなく、貼りたてのキャンパスを眺めているような心地よさがありました。

すると千野さん、思い出したようにクラフトの現場監督を呼び止めます。2人で床に座り込んでメジャーを取り出し、「スタートはここか、それともあちらか」と相談。塩ビタイルの割り付けをざっくばらんに話し合っている様子からは、千野さんと監督の信頼関係がうかがえました。

「千野さんがやると直しがほとんどない。安心して任せられる職人さんのひとり」と監督。

下地で全体の8割が決まる

あらゆる神経を込めた手先で、すみやかに貼られていくクロス。しかし下地に凹凸があれば、いくらクロスをきれいに貼ってもきれいに仕上がることはありません。「下地で全体の8割が決まる」(千野さん)。

「下地のパテは3回塗りが基本です。1回目はビスの穴や石膏ボードのつなぎ目を埋め、2回目は石膏ボードの凹凸をなくしていきます。そして最後は全体にうっすらとパテを塗って、クロスがより定着するように」

この工程を省いてしまうと、下地が浮き出てしまうのだとか。

「昼間キレイに貼れているように見えても、朝日や夕日、照明が当たると、パテの跡が見えることがあるんです。そしたら下地からやり直しですよ。朝のたった30分間だけだとしても、お客さまに見せるわけにはいきませんから」

職人さんのセンスや腕に大きく左右される

千野さんがクロスを貼る手つきを見ていて、何かに似ている気がしていました。現場監督から「千野さんは、襖や障子も貼れるんだよ」と聞いて、妙に納得。

千野さんがこの世界に入ったのは30年ほど前。「昔は襖屋さんがクロスをやってたんです。今は襖の需要が減ったから、クロス屋さんって呼ばれているだけ。やってることは一緒ですよ」と、笑う千野さん。独立して起こした内装屋さんでは、クロスと襖、障子、カーペット、塩ビタイル、クッションフロアーなどを請け負っているそうです。

クロス屋さんは大工さんや左官屋さんに比べると、独立が早い業界なのだとか。そのため、”独立したから上手”だとは限りません。クロス屋さんによって仕上がりに大きな差が出てきてしまうのはそのためです。

職人さんのセンスや腕に大きく左右されるクロス。クラフトのお客さまはきっと、完璧な仕上がりでなければ満足してくれないでしょう。

だからこそ、クラフトには千野さんのようなクロス屋さんが必要なのです。

大変だけど、完成を見ると『やっぱり違うな』と

千野さんがクラフトのデザイナーからよく聞くのは

「ここは面をそろえたい」「フラットにしたい」

という言葉。こうした要求が増えるほど、クロスの巻き込み箇所が増え、作業に手間がかかります。

「正直、クラフトの仕事は大変ですよ。普通の家だと巻き込みは多くて10箇所。でもクラフトの現場は、50箇所くらいありますからね。でも完成を見ると『キレイな家だな』って思うんです。やっぱり、普通の家とは違いますよ」

まとめ

リフォームのほぼ最後の工程で貼られるクロス。面積が大きいため、お客さまの目につきやすく、全体の印象を左右します。

「引き渡しのとき、クロスがぴしっと貼られていると、お客さんも嬉しいじゃないですか」と笑って、作業に戻っていった千野さん。

自身のことを多くは語らなかったけれど、汗を流しながら絶え間なく手を動かし、ときどき壁を見つめて深く考える様子から、千野さんのこだわりと誇りをしっかりと感じることができました。

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