「オークラの本館はすばらしかった」といまだに語り継がれるホテルオークラ東京。世界中の建築家やデザイナーから惜しまれつつ、2015年に建て替えのため閉鎖されました。
とくに”モダニズム建築の傑作”と名高い本館ロビーの取り壊しには、多くのファンから哀しみの声が上がったとか。そんなにスゴいの? 何がスゴいの? という方のために、ホテルオークラ東京本館の建築美をご紹介します。
日本の伝統美を感じさせる、緻密かつ豪華な意匠
ホテルオークラの創業は1958年。財閥解体により、帝国ホテルの経営から離れた大倉喜七郎氏が「外国の真似ではなく、日本らしい美を感じさせるホテルをつくりたい」と、5人の建築家から成る設計委員会に依頼しました。そのうち、本館の玄関ホールやロビー、ダイニングは、東京国立博物館東洋館や東京国立近代美術館を設計した谷口吉郎が担当したとか。
ホテルオークラへの強い想いを抱えていた大倉氏は、建築家たちに、さまざまな切り泊や砂子を使って緻密で豪華に装飾された『平家納経』を見せ、「このようなデザインが理想だ!」と語ったそうです。ゆえに普通の建築家たちが発想しないようなディテールが取り入れられています。
ロビーには「オークラ・ランタン」と呼ばれ親しまれている照明。このモチーフは、古墳時代の飾り玉である切子玉形なのだとか。そのほか、四弁家紋、麻の葉、銀杏や銀杏、鱗紋、そして大倉家の家紋の菱模様など、日本の伝統的な模様の意匠が目立ちます。
さまざまなモチーフが用いられているのにもかかわらず、統一された色彩と有機的なフォルムによって控えめな印象。あくまでゲストが主役になるように配慮されていることがわかりますね。
”引き算の美学”で心地よさを演出
ホテルオークラ本館のファンに「オークラ本館ロビーのどこが好きですか?」と聞くと、「障子から注ぐやわらかな光」と答える方が結構います。障子なんてどこにでもあるのに…。ちょっと意外ですね。
しかし、このホテルオークラのロビーを一目見ると、深くうなずいてしまうはずです。
丸いテーブルを中心に”梅の花弁”のように配置された椅子に座ると、障子には風にそよぐ竹のシルエット。先述したように、豪華絢爛な意匠が施されていますが、簡素な障子によって、そこはかとない静寂な風情がただよっています。どこにでもあるような素朴なものに美しさを見いだす日本人の繊細な感性がここにあらわれれいます。
日本独自の庭園様式の枯山水とイングリッシュガーデンを比べていただければわかるように、日本は”引き算の美学”が圧倒的に得意だと言われています。ここに来て、その引き算の巧みさにあらためて胸を突かれるような思いです。美意識の本質が凝縮されたこのロビーは、しみじみとした心地よさを感じさせてくれます。
まとめ
オークラ・ランタンからこぼれるやさしい光や、障子に映る影、厳かな空気感や、楚々とした着物姿の女性の姿。それぞれの利用客が、他の利用者に配慮して静かな声で語り合い、ゆずり合っていることがうかがえます。
従業員の方々も、決して出しゃばらず、困っていると控えめに手を差し伸べてくれるといった印象。ホテルと言うより旅館のように3歩下がったもてなし方だと思いました。素晴らしい意匠に、これらの要素が加わり、ホテルオークラの魅力をつくっているのです。
2019年に、いよいよホテルオークラリニューアル。こちらにも期待したいですね。